卓見異見

 

第一回

半導体は1%産業にあらず!

半導体シニア協会

理事長
牧本 次生


 先般、政府の事業仕分けで、スーパー・コンピュータが俎上に載った時、仕分け人から「なぜ一番か、二番ではだめなのか」との質問があり、物議を醸した。スパコンは半導体の粋であり、その競争力の象徴でもあるので、その見地からも看過できないところである。必死になって一番を目指してもトップになれるとは限らないが、初めから二番でよしとするなら、二番になることも難しいだろう。それでなくとも日本の半導体は今、危機的な状況に直面しているのだ。
 日本の半導体産業の規模は概ね5兆円であり、GDP(約500兆円)の比率は高々1%である。
 しかし、半導体の持つ強烈なインパクトを考えるとき「GDP比1%産業」という捉え方は大きな誤解を招くことになる。半導体は「産業の原油」ともいわれるように、あらゆる産業を支える基盤だからである。
 「半導体産業」の川上には「半導体製造装置産業」や「材料・部品・サービス関連産業」などがあり、川下には「電子産業」がある。その中にはパソコン、携帯電話、テレビ、デジカメなど身の回りのものに加えてスパコンなども含まれる。このような直接周辺産業を含めるとGDP比の5%にもなる。
 しかし、半導体のインパクトはこのような直接周辺産業に止まらず、さらに多くの産業分野の存立の基盤を支え、その高度化のための不可欠な要素となっているのだ。
 身近な例では自動車関連の分野がある。直接目に触れることはできないが自動車にはすでに数十個のマイコンが使われている。電気自動車への移行とともに、さらに多くの半導体が使われ、安全性、経済性、快適性の向上、CO2の減少につながることが期待されている。かつて、トヨタ自動車の役員は米国の学会で将来の車のイメージを漫画風に描いて「車は半導体を運ぶ箱になる」として聴衆の喝采を浴びた。
 通信・放送の分野も、半導体の技術革新によって大きな変化を遂げている。近年における固定電話から携帯電話へのシフトはその代表事例である。また、放送の分野においてはアナログ放送からデジタル放送への転換が進行中であるが、そのような移行を可能にした大きな原動力は半導体の技術革新である。
 金融分野においても半導体がその存立の基盤を支えている。オンライン化の拡がりやATMの安定稼動は半導体の高性能化・高信頼化を抜きにしては語りえない。また、最近では半導体を使った電子マネーが広く使われるようになり、日々の生活に大きな利便性をもたらしている。
 医療分野における分析器、計測器にはすでに半導体が広く使われているが、これからは病気の診断や健康モニターなど、その応用分野はますます拡がって行く。将来的には失われた視力や聴力の回復にも半導体が使われるだろう。
 教育・研究分野でも半導体の進化は大きなインパクトを与えつつある。ネットブックやスマートフォンなどで代表される小型端末が普及し、それが高速通信網で相互につながることによって、「いつでも、どこでも、自分の好きな講義を聴く」ということも可能になる。
 これまでに述べた分野はいずれも半導体によってその基盤が支えられ、将来の高度化も半導体に依存している分野である。これらの市場規模は実に200兆円にも達し、GDP比では40%をも占める。したがって、半導体は1%産業にあらず!日本にとって、まさにかけがえのない産業なのである。
 然るに昨今、わが国の半導体産業は急速に存在感を失い、危機的な状況にある。メモリ系の製品では復権の兆しもあるが、システムLSIなどのロジック系では垂直統合モデルの維持が難しく、一社のみでは先端デバイスの製造ラインを持てなくなってきている。それゆえに先端製品の製造を台湾など他国に依存せざるを得なくなっているのだ。
 「産業の原油」を他国に依存することは国家戦略的に由々しき事態であり、石油の他国依存と同じく、国のセキュリティにかかわる。解決の方向は「国内に大きな先端ファブを一つ作る」という点にあるが、これは夫々のメーカーの問題というよりも、産業界あるいは国全体として取り組まなければならない課題である。
 日本においては残念ながら、半導体の重要性に対する認識が広く共有されていないように思われる。国のトップを始めとして政府、民間、大学、マスコミが危機感を共有して、早急なる対策を進めなければならない。本文は「明日では遅すぎる」事態になっていることへの警鐘である。■

(日刊工業新聞 2010年4月26日 掲載)

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